すしログ 〜The Encyclopedia of Sushi〜

すべての鮨好きに送るブログ。日本料理、郷土料理、和菓子の名店も紹介!

すしログ No. 206 Sushi Ichizu(鮨いちづ)@バンコク(タイ王国)

こちらはバンコクに2017年8月にオープンした鮨店です。

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親方・戸田陸さんは東京の名店・蛎殻町すぎたさんで

二番手を務めておられた期待の若手職人。

バンコクの前はジャカルタで握られていたそうです。

若くして海外で活躍されている江戸前鮨の職人さんに出会えて、

心から嬉しく、応援したい気持ちになりました。

 

杉田さんは江戸前の古典的な仕事を進化させた名職人。

早くも、耳の速いバンコクの食好きの間で人気が高まっているようです。

この度、バンコクに住む友人に会いに行きがてら、お伺い致しました。

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お店は喧騒から離れた落ち着いた一角にあり、建物の外観は日本でも珍しい程にゴージャス。

とは言え、ケバケバしさは皆無で、重厚かつ「瀟洒な威圧感」を放つゴージャスさです。

更に、店内に入ると天井高が4mほどあり、驚きました。

それでいて、雰囲気やサービスはカジュアルなものなので、

緊張感を抱く事無くリラックス出来ます。

戸田さんに伺ったところ、スポンサーが付いているそうですが、

流石に資本力の有るお店は圧巻だと感じました。

 

こちらのコースは【おまかせ】のみで、8,000バーツ(=約27,000円)と極めて高価。

タイでは信じられない価格帯となりますが、食材は築地から経由されておりますので、

バンコク在住の方にとっては日本への渡航費用を考えると妥当性が高いのかもしれません。

(尚、訪問前にデポジット50%の事前入金が必要です!)

 

こちらのシャリは赤酢を立たせつつ、塩気は杉田さんに比べて穏やか。

米粒の粘度が高いものの、硬めに炊いているため、ほどけ加減は中々です。

水はシンハー社のミネラルウォーターを使用されているとの事。

言うまでもなく、鮨と日本料理にとって水は根源であり究極。

生命線であるシャリや出汁の味わいを左右する存在であるため、

炊飯やシャリ切りに於いて水をコントロール出来るようになれば、

シャリの安定感やほどけ加減が向上するだろうと感じました。

現在は8手ほどと手数がやや多く、シャリに圧が掛かり過ぎている印象を抱きましたが、

粘度を下げる事によって少ない手数で握る事も可能になるかと思います。

シャリの味わいとしては、特に脂の多いタネとの相性が良いと感じました。

 

そして、感銘を覚えたのが山葵。

タイ(及び海外)で頂くクオリティとしては非常に高く、

辛みに加えて甘みと香りがあります。

多くの外国の方にとって山葵とは単なるhot seasoningかもしれませんが、

実は山葵は、甘み(sweetness)と香り(flavor)も重要な要素です。

よって、粉山葵や混ぜ山葵などは甘みと香りが決定的に弱いため、

本物の鮨店や日本料理店では、決して使ってはいけない調味料と言えます。

山葵や辛子の辛さは苦手と言う外国人によくお会いしますが、

甘みと香りに気を払って食べてみると、慣れてくるかもしれませんよ。

 

この度は【サッポロビール生】400バーツ(=1,350円)を頂き、

日本酒は友人から振る舞って頂きました。

タイでは日本酒の仕入れが難しいようですが、

オバマ大統領がすきやばし次郎さんで飲んだ【賀茂鶴 特製ゴールド】を置いておられるところは、

海外のお店としては戦略的に良いなと思いました。

 

他、すぎたさんの定番酒肴である【鮟肝】【蛸の柔らか煮】【牡蠣の味噌漬け】を頂きました。

これらはオススメ頂いたので頼んだところ、おまかせコース外となり、価格は下記の通り。
【鮟肝】1,200バーツ(=4,060円)
【蛸の柔らか煮】800(=2,700円)
【牡蠣の味噌漬け】800(=2,700円)

単価はお会計時に初めて知りました(笑)

以上、小計11,200バーツに、サービス料(10%)1,120バーツ、

カード手数料862.4バーツ、デポジット手数料400バーツを加えると、

トータルで13,583バーツ=約45,900円。

言うまでもなく僕が鮨店で支払った過去最高額となり、一瞬手が震えました(笑)

とは言え、杉田さんが信頼を置く職人さんの握りを頂けた事に加えて、

海外で一人奮闘する友人との貴重な思い出深い会食となり、

至福の気持ちでお店を後にした次第です。

 

この度頂いた酒肴、握りは下記の通りです。

こちらはすぎたさんとは異なり酒肴と握りが織り交ぜられたコースとなります。

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銀杏

まさかバンコクで早どれの銀杏を頂けるとは!と友人ともどもサプライズ。

提供温度が低かったので、「高温度帯を好まないタイ向けのアレンジですか?」

と聞いたところ、単にスタッフが遅いだけと極めて正直なコメント(笑)

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ツブ貝

これは秀逸。親方の仕事の精度の高さを実感した。

塩を振って4日ほど寝かせており、甘みが凝縮されている。

強い甘みの後に苦味がジワジワと萌芽し、旨味が奥に広がる。

そして、寝かせていても歯応えが良い。

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黒鮑

千葉・大原の黒鮑。

海外の方は日本の魚介類の産地なんてtunaのOmaくらいしかご存知でないかもしれないが、

黒鮑については大原はピン(一級品)。

供される前からカウンター席まで香りが伝わってくるのが、良い鮑の証左。

そして、このプレゼンテーションこそが良い鮑を頂く際の喜び。

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良い鮑はゼラチン質が豊富で旨味に富む。

食感はメチャクチャ柔らかい。

ソースには肝と酢を混ぜて乳化させていると見られ、

ある種マヨネーズ的な味わいを与える点は、海外のお客さんにもヒットするだろう。

食感が独特な程に柔らかかったので伺ったところ、酒肴で供する際には圧力鍋を用いているとの事。

他の調理法では江戸前の仕事である「蒸し」を用いるそうで安心したが、

料理との相性と言う観点では、理に適っており嫌味は感じなかった。

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ガリ

酢を立たせ、甘みは控え目。

辛みが抑え目であるが、タイ人ならば生姜の辛味をもっと強めても大丈夫かと(笑)

カー(ガランガー)をバシバシ使う料理があるので。

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アカムツ(ノドグロ)

一汐してから焼いているのか?

尋ねはしなかったが、繊維質と旨味の凝縮感を感じた次第。

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鮪赤身

一貫目の握りが鮪とは、杉田さんの小鰭と好対照!

しかも、何と酢橘を使用されており、ビックリ。

赤身には元々酸味があり、旨味と香りに加えて重要な要素。

日本国内で赤身に酢橘の酸味を加えるならば、

正に蛇足の足し算と評すべき所業。

しかしながら、海外でも鮨種として筆頭である鮪を最初に持ってきて、

酢橘を加えて酸味による爽快感を演出すると言うのは、

如何にも暑い国のタイにフィットする仕事かもしれない。

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鮪中トロ

背側のトロで、脂が過多になり過ぎず乗っており、

シャリの酸味と合致し乳化的な相乗効果を生み出す。

シャリとの味覚的なバランスが実に良好。

さらに、お茶をすぐさま差し替えられ、素晴らしいと感じた。

海外の方向けに記載しておくと、鮨におけるお茶は単なるbeverageではなく、

口の中の脂や風味を一掃し、次のタネに向けて一度リセットする役割がある。

そして、脂の強い鮪の後にお茶を差し替えるのは定石。

最近は日本でもタイミング良くお茶を差し替えるお店が減ってきている。

これは昔ながらの心遣いを知る職人さんが減ってきているとともに、

鮨店でお酒をガバガバ飲むお客さんが増えてきている事に因ると推察する。

鮨を連続的に楽しむならば、お酒を嗜む方であっても、お茶も飲まれる事をオススメする。

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帆立磯部焼き

肉厚で甘い帆立!帆立が美味しいと、すぎたさん出身だなぁと実感する。

すぎたさんで頂く野付の帆立は大変美味しいのだ。

日本の寒い地域の貝である帆立をバンコクで頂けて、しかも美味いとなると、

地元在住の方々には、何にも変えられない喜びがあるのでないだろうか。

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フカヒレ茶碗蒸し

バンコクにはchina townがあり、フカヒレは慣れ親しんだ食材。

こう言ったアレンジで伝統的な日本料理を供されるセンスは、素敵だと感じる。

味も申し分無い。

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真鯛

しっかり寝かせた鯛。

寝かせる仕事、或いは熟成の仕事と言うものは海外のsushiに存在しないため、

これは味覚が鋭敏な海外の方にとっては衝撃的なのではないだろうか?

「サッパリしており、味が薄く、食感が強い」と思っている白身魚が旨味抜群であった時には。

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鮟肝 optional

日本と同じ味わいで素晴らしい。

鮟肝は海外の方も気にいるだろうなあと感じた。

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藁で燻す仕事。

ごく僅かに和芥子を噛ませている。

白身魚でありながらsmoky flavorを付け、しかも脂の旨味が強いタネは、

海外のお客さんの舌にも合うのではないだろうか。

スモークサーモンとの比較の上で食されると面白い筈。

ただ、個人的には杉田さんの凄さを再認識した次第。

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蛸の柔らか煮 optional

身はそれなりに食感を残し、皮はトロトロと言う杉田さんの仕事。

これは完成度が高く、海外の方で蛸に苦手意識を持っている方にとっては、

救世主のような蛸となるだろう。

味付けともども蛸の美味しさを知る事になるのは必至。

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牡蠣の味噌漬け optional

日本人にとっても牡蠣が苦手と言う人はいる。

そして、その理由は強い磯の香り。

本来は甘みと旨味が強く、軽やかな磯の香りこそが妙味なのだが、

牡蠣の香りを「生々しい磯臭さ」と捉える人が居てもおかしくないと、

牡蠣好きな自分ですら感じる次第。

そこで、味噌漬け。

牡蠣固有の香りを抑制し、牡蠣の良い部分を引き立てる仕事である。

これもまた、苦手意識を持つ方にはトライして頂きたい。

…思えば、鮟肝以外の2品は日本人以外には挑戦的な素材である。

それを仕事=調理で美味しく食べさせようと選ばれた親方の心意気に、

僕は心から感銘を覚えた。

単に日本で頂く鮨や日本料理との比較でどうこう言うだけならば、

誰にでも出来るし、個人の主観の域を全く出ない。

海外でどうするか?

それを真摯に考えておられる親方の姿勢を感じる仕事であり、

このような料理の背景に潜む料理人の魂胆を感じられる事こそが、

食好き、食べ歩き好き(foodies)の本質なのではないだろうか?

国籍を問わず、個人の主観の枠内に留まり、

限定的な食べ歩き経験の範疇でお店を断罪する人間の多いSNS社会に、

僕は警鐘を鳴らしたい。

美食家とは、食べ歩いたお店の格式でも無ければ件数でも無く、

ましてSNS上での影響力でも無い。

ひとえに、料理人が供す料理の魂胆を知り、

料理を介して料理人と対話出来るか否かであろう。

そして、料理の「味」のみならず、季節に応じた食材の選択、

器の選び方、盛り付けのセンス、それらが一体となる事で、

初めて「料理」である事を知るべきだ。

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春子

昆布〆…と書くと日本人の鮨好き、日本料理好きであれば誰しもが知る調理法だが、

バンコクで昆布、そして昆布によって魚の旨味を凝縮する手法があるなんて、

大半のバンコクっ子には想像も付かない調理法だろう。

しかも、〆と言いつつ、しっとり仕上げる。

ただ、見た目も美しいのが春子なので、シャリの量を少なめにすれば、

きっとインスタ映えすると、上述のメッセージとは相反するアドバイスを付記(笑)

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べったら漬け、沢庵

共にclassicalな日本の漬物。

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筋子味噌漬け

日本では初秋から秋に尊ばれるのが筋子、いくら(salmon roe)。

日本人でも、いくらに旬があり、

獲れる時期が限られている事を知る人が少ない食材。

逆に言うと、それ程までにありふれていて、日本人の多くが好きな食材。

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金目鯛

銚子産。千葉県の銚子は、金目鯛のブランド産地。

脂が乗った魚なので現代的な鮨種であり、

「炙り」の仕事によって軽い燻蒸香を付すと、

赤酢のシャリとの相性が格段に向上する。

これもまたすぎたさんの得意とする仕事。

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海胆

大振りで、濃厚な海胆。

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思ったよりも明礬の収斂味は低く、良いモノを入れてるな〜と感じる。

望むらくは、アジア圏で苦手な人が多いとされる「海苔」を用いたタネも加えると良いかもしれない。

敢えて。

本当に美味しい海苔は日本人であっても多くの人が知らない素材なので、

海苔の魅力を伝える事は、日本の伝統食材ならびに日本文化を伝える事と同義だと感じる。

海胆はストレートに海胆で供す事が粋だと感じる為、他のタネで実践頂ければ幸いだ。

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浅蜊出汁。味噌は薄めの味噌汁。

これはすぎたさんと同じ仕事!

海外の方は知る由も無いだろうが、

日本人がお酒を飲んだ後や飲む前に喜ぶのが貝のスープ。

アセトアルデヒドの分解を促す食材である蜆や浅蜊を尊ぶ次第だ。

よって、このようなスープを最後に出されるのは、

日本流のおもてなしだと言える。

 

毛蟹

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実は鮪の前くらいに登場し、

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帆立の後くらいに蒸し上げられており、

温度を落ち着かせた後に調理された毛蟹。

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チョイチョイ姿を見せ、期待を高めるプレゼンテーションは良いと思う。

そして、前述の旬モノのいくらと合わせる。

「握り原理主義者 "sushi fundamentalist"」の自分としては、

日本であれば、最後は握りで〆てくれよ!と思うが、海外なので全くall right(笑)

磯の香りが心地良く、素晴らしい。

無した後にじっくり焼いているため、殻の一部は食べられる。

あたかも煎餅のような味わい。

海外のコースは、main dish=主役が必要不可欠。

これはアリだと思う。

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玉子

海老を結構しっかり利かせ、ホロッとした食感の玉子。

dessertでありdessertではない。

卵と糖によるsweetnessに、海老のdessert離れしたflavor。

そのアンバランス感から導き出される満足感。

曖昧なperiodこそが、鮨店で最後に玉子を頂く喜び。

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わらび餅

矢張り、海外のコースなのでdessertは用意(笑)

日本国産の本わらび粉(so valuable)を用いた即席のわらび餅。

これは日本の伝統的なdessertであり、

即興調理するお店は日本の鮨店では無いので、貴重だと言える。

 

以上、良い部分に加えて、自身が考える改善点を述べたところ、

6,200字近くなってしまいました。

しかも、Google翻訳を使えば海外の人も何となく読めるところ、

ところどころ英単語を付記し、ウザくてすいません。

親方の試み、上記の自身が書いた文章、

ともに海外のfoodiesに響き、日本ファンが増えれば、

心から幸せだと感じる次第です。

 

戸田さんの職人としての成功と、

将来的な日本の鮨界への凱旋殴り込みを期待しております。

海外ならではの仕事を編み出し、日本の伝統に正攻法で風穴を開けられる事を!

 

…。

最後に一つだけ要望を述べさせて頂くと、小鰭だけは出して頂きたかった。

江戸前鮨の魅力は、小鰭に尽きます。

海外の人にも「鮨は小鰭で止めを刺す」と言う言葉の意味を体感して頂きたい。

それが一介の鮨好きとしての、ささやかであり最大の要望となります。

 

店名:Sushi Ichizu(鮨いちづ)

シャリの特徴:日本で今や主流である赤酢主体でありながら、酸味も塩気も穏やかなシャリ。

予算の目安:10,000バーツ(34,000円)~

最寄駅:BTSアソーク駅から1,300m

TEL:(+66) 0657389999

住所:タイ1982 Phetchaburi Rd, Khwaeng Bang Kapi, Khet Huai Khwang, Krung Thep Maha Nakhon, Bangkok

営業時間:2回転制。1回転目17:30〜、2回転目20:30〜

定休日:不定休

 

ご参考になりましたら幸いです!

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